八月の終わりに送る手紙。
今年の夏が終わった、としたら、あなたは何で気づくと思いますか?
私はたぶん、気づかないと思います。
最近、夕方に外を歩いていると、まだ蝉が鳴いています。
暑いです。
少し歩くだけで汗をかくし、家に帰れば冷たいものを飲みたくなる。
だから、まだ普通に夏です。
でも、少し前とは音が違います。
前はどこから鳴いているのか分からないくらい、全部まとめて蝉の声だったのに、最近は一匹ずつ聞こえることがあります。
あっちで鳴いている。
少し離れたところでも鳴いている。
その間を、車が通ったり、自転車のブレーキが鳴ったり、誰かが家の扉を閉めたりする。
しばらくすると、背中の方からも聞こえてくる。
夏が減っている、と言うと少し大げさかもしれません。
ただ、去年の最後の蝉を私は覚えていません。
最後にそうめんを食べた日も。
最後に冷房をつけた夜も。
今年初めて半袖では少し寒いと思った日も、たぶんその日には覚えていないと思います。
季節の最後って、案外そういうものなのかもしれません。
「今日で終わりです」と教えてくれない。
気づいたときには、もう次の季節の中にいる。
そう考えていたら、少しもったいない気がしてきました。
だからといって、夏らしいことをしようとはあまり思いません。
海へ行くとか。
花火を見るとか。
かき氷を食べるとか。
もちろん、それもいいけれど。
今日まだ蝉が鳴いていたとか。
コンビニから出たら外気にうんざりしたとか。
冷たい麦茶がおいしかったとか。
そういうものでも、十分今年の夏だったのだと思います。
何かが終わりかけているとき、つい「もう終わるもの」として見てしまうことがあります。
でも、まだあるものは、まだあります。
蝉は今日も鳴いている。
外は暑い。
グラスには水滴がついている。
だから、もう少しくらい、終わったことにしなくてもいいのかもしれません。
この手紙を書いている今も、まだ夏の途中です。
この夏、あなたのところにまだ残っているものはありますか?
たいしたものでなくて大丈夫です。
まだ冷蔵庫にアイスがあるとか。
夜になると虫の声が聞こえるとか。
サンダルをまだ片づけていないとか。
そういうものを一つ見つけられたら、それで十分だと思います。
私はもう少しだけ、蝉の声を聞いていようと思います。
その音を止めるリモコンを持っていないから。
またね。



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