エッセイ– tag –
日常・感覚・人生について綴る文章
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身体未退勤
仕事は終わっている。身体だけが、まだ終わっていない。勤怠表には残らない、退勤後から身体が自分の側へ戻ってくるまでの時間について。 -
未使用のあとで
スクリーンショットは簡単に残せる。だから、あとで見る、あとで調べる、あとで決める、が増えていく。画像は残っているのに、保存した理由だけが先に消えていく。 -
空席のある予定
一人でもできる。でも、誰かとならたぶんやる。散歩、映画、本屋、旅、制作。まだ誰とも決まっていない、途中参加できるやりたいことを置いておくページです。 -
理由のない残り時間を延長する
捨てようとして初めて、まだ終わっていなかった時間に気づくことがある。物に残っているのは記憶そのものではなく、記憶へ戻るための入口なのかもしれない。なぜか捨てられないものについて。 -
可搬する輪郭
自分の輪郭は、壁ではなく扉なのかもしれない。人との出会いによって形を変えながら、それでも失いたくない自分を持ち続ける。境界と変化の関係。 -
その人の続きを少しだけ
人を早く理解しすぎなくてもいい。一度会っただけでは分からないところが残るからこそ、もう少し知りたくなる。帰ったあとに一つだけ思い出す、小さな瞬間について。 -
本人が覚えていないところを、少しずつ覚えていく
人を気にし始める瞬間は、特別な出来事ではなく、その人自身も覚えていないような小さな仕草から始まる。何気ない「ありがとう」、立ち止まる場所、誰にも向けていない表情。少しずつ覚えていくことで、その人の輪郭が見えてくる。 -
それぞれの一日を持ち寄る
誰かを好きになっても、一人だった頃の自分を全部終わらせなくていい。 それぞれの一日を過ごし、また会ったときに少しだけ持ち寄る。そんな関係について。 -
大切な人としたい10のこと
知らない町を歩く。本屋に寄る。雨の日にも出かける。同じ部屋で別々のことをする。特別なことではなく、いつか細かいところまで覚えているような日を、大切な人と少しずつ増やしていきたい。 -
世界を見る窓
写真、映画、テレビ、スマートフォン。時代や技術によって変化してきた画面のかたちを、アスペクト比、作品例、比率マップ、比較ツールからたどるアーカイブ。 -
未登録の未分類 – 趣味と呼ぶ前の、あなたの中にある好きについて
「趣味は何ですか?」という問いから、自分が本当に時間を使っているものについて考える。写真、映画、散歩。まだ趣味と呼んでいないけれど、何度も戻ってしまうものには、自分らしい興味の輪郭が隠れている。 -
身体は記憶する
傷は、失われたものではなく、身体が通過した時間の記録なのかもしれない。皮膚の下にあるもの、言葉になる前の痛みや経験を、身体は静かに残し続けている。 -
眠る前まで、まだ今日だった。
休日の夜、眠ることを惜しく感じる理由をたどる記録。終わらせたくないのは一日ではなく、まだ何かを選べる状態なのかもしれない。 -
晴れを、良い天気と呼べなくなった
雨が止んでも、自由に外へ出られる夏は戻らなかった。雨から暑さへ変わった一か月を、日本各地から大阪、山の近くの暮らしまでたどりながら記録する。晴れを、良い天気と呼べなくなった|雨から猛暑へ変わった夏の記録 -
Quiet Letterが生まれる前に
Quiet Letter Seriesを書く前から、私の中には名前のついていない感覚があった。誰にも記録されない一日にも、その日を生きていた自分がいる。この文章では、シリーズが生まれる前について触れます。 -
過去の自分を糧にする。
「以前の自分に戻る」ことを目標にするのではなく、過去の自分を糧として生かす。変化した身体や感覚と向き合いながら、再構築と再設計を通して、今の自分に合った生き方を考えます。 -
休養を「技術」として学ぶ
休んでも疲れが取れないのは、回復方法が現在の疲労と合っていないからかもしれない。身体・認知・感情・慢性的な緊張を見分け、自分に必要な休養を選ぶ方法と、長く活動を続けるための回復システムを整理する。 -
Quiet Letter 4
最近、夏が始まったと思った瞬間はありましたか。湿度、風、水滴など、暮らしの中に現れる小さな季節の変化を綴った手紙です。 -
Quiet Letter 3
最近、忘れものをしたことはありますか。日常に残された小さな痕跡をたどり、曖昧になった記憶や過去の自分と再会するための手紙です。 -
拝啓、世界のみなさまへ
あなたは先に行っていい。私はゆっくり歩くから。誰かと違う速度で生きること、自分の道を自分の歩幅で進むことについて綴った手紙です。 -
Quiet Letter 2
六月になると、世界は少し曖昧になる。春でも夏でもない途中の季節に、立ち止まることと答えの出ない時間について送る手紙です。 -
Quiet Letter 1
最近、眠れていますか。答えの出ないことを考え続けてしまう夜に、どうにもならないものを抱えたまま今日を終えるための手紙です。 -
刺激に疲れやすい私がブログを始める理由
世界は少しだけ、まぶしすぎる。刺激や情報の多さに疲れやすい私が、SNSとは違う速度で言葉を残せる場所を作った理由を書きました。 -
何が人を少し楽にするか。
問題をすべて解決しなくても、人を少しだけ楽にするものはある。光や湯気、誰にも急かされない時間から、静かな回復の形を考えます。 -
低気圧の日、人は「人生」を悪く見積もる。
低気圧の日、世界が壊れたのではなく、世界に触れる神経が疲れているだけかもしれない。心身の重さと人生の見え方について考えます。 -
休んでも回復しない人へ。「回復コスト」という視点
休んでも疲れが抜けないのは、怠けや体力不足ではなく、元の状態へ戻るための回復コストが高いからかもしれません。 -
生きるだけで疲れる人へ。「生存コスト」と「適応コスト」という視点
頑張っていないのに、生きるだけで疲れる。そんな状態を努力不足ではなく、生存コストと適応コストという二つの負荷から考えます。 -
止まっても死ななかったを学ぶために。
ただ歩く。空を見る。何も得ないまま帰る。意味や成果を回収しない時間を重ねながら、止まることへの不安を身体でほどいていった記録です。 -
冬のデンマークで感じた「ヒュッゲ」という温もり
暗さをなくすのではなく、暗さの中に滞在できる場所をつくる。冬のデンマークで、物ではなく関係として感じたヒュッゲを記録します。
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