短編– tag –
-
洗濯物の共同生活
歯ブラシ、下着、牛乳、引き出し、傷、まだ温かいTシャツ。誰かと暮らすほどではない関係の中で、身体は少しずつ生活に残っていく。 -
死んだものの呼び名
名前をつければ、それは何かになる。死んだ人、死体、河、溝口、山﨑。呼び名が揺れても、そこで起きたことと、残された身体だけは消えない。 -
見えたものから、順に助けた
絵を描くときだけ眼鏡をかける男。ある日、レンズに残った青い絵の具を通して、一本の木の周りにだけ降る雨を見つける。それから男は、色を変えながら、これまで見過ごしていたものに足を止めるようになる。 -
誤字は感情として扱われません
生放送字幕の仕事をする私は、泣きそうな感情を「後ろへ送る」方法を覚えてきた。ある市民会館の閉館式典で、毎週水曜日に通い続けた女性の言葉と、字幕にできなかった数秒の沈黙に出会う。 -
傘をしまえない夜、私に恋愛は向いていない。
誰かを好きになることより、好きになった人の隣で、自分を失わない方法を知らなかった。近づきたいのに怖い。離れたいのに寂しい。二人分の人生を残したまま、一緒にいる距離を探す女性の短編。 -
雀の鳴く距離
外から聞こえていると思っていた雀の声は、部屋の中にあった。一羽を外へ出すと、今度はもう一羽が入ってくる。内と外、近さと遠さが何度も入れ替わる、二羽の雀との短い時間。 -
父がいなくなるので、鍋をする
父に残された時間は、あと三か月だった。それでも僕たちは旅行へ行かず、庭に水をやり、スーパーへ行き、鍋の肉を選んだ。限りある時間のなかで残っていく、何でもない一日の話。 -
一万語で死ぬ人生
言葉を使うたび、病変が進む。残された言語活動量は一万語前後。言葉を節約し始めた彼は、ある日「セミは一週間で死ぬ」という常識が正確ではないことを知る。 -
心のお腹は、人ひとり分
妹の心のお腹には、二十八本の歯があった。父と母が言わなかったことを食べるたび、家の中から争う声は消えていく。やがて妹は、そこに座ったまま家族の人数からいなくなった。 -
きょうがまだ帰ってこない
昨日のことは全部覚えている。でも、そこにいた自分だけが少し遠い。写真、レシート、木陰、ひぐらし、右手の感触。残されたものを辿りながら、昨日という他人から自分へ帰っていく。 -
プリンは四回目もそこにいた
身体はベッドにあるのに、意識だけが先へ歩いていく。朝、人、理想の一日。現実に追いつけない身体のそばで、それでも「人生を楽しみたい」という感覚だけが残っていた。 -
いらんけど、俺が持っとく
楽しみにしていた店は、臨時休業だった。予定をなくした二人は、知らない道を歩き、青いボタンを拾い、壊れた傘のまま雨に濡れる。いらないはずの一日が、ポケットの中に残るまでの話。 -
黒く湿った、誰のものでもないあいだ
学校へ向かう途中にあった、小さな庭のような場所。猫が眠り、虫が潜り、草が光を受けていた。やがて土地は工事で姿を変える。それでも、そこにいたものたちの時間は完全には消えなかった。 -
それから、手渡さなくなった
見ないようにするほど、覚えてしまう。彼女の手、その癖、触れた一瞬。距離を守ろうとするほど、二人の間には消せないものが増えていった。 -
悲嘆検索結果
自分がいなくなった時、悲しむ人は何人いるのか。数字で存在を証明しようとした人間が、最後に見つけたものとは。 -
Loading: 不在確認
朝は始まっていた。冷蔵庫も洗濯機もテレビも動いている。それでも、ひとつひとつの日常にうまく接続できない。普通に戻ろうとする小さな行動の隙間から、言葉にならない危うさがこぼれていく朝の話。 -
1センチ先の紫音
八月の午後、信号が青になった。みんなが渡るなか、私だけがその場に残っていた。地面が一センチ遠ざかり、街の音が遅れて届きはじめる。現実のすぐ先に沈む、静かな水中の短編。 -
人並みという、存在しない列
「普通」「人並み」「みんな」。誰も正確な基準を知らないのに、私たちはそこから遅れている気がする。行き先も先頭も分からない「人並み」の列についての、短い寓話。 -
十五歳一名分、三か月後まで
疲れた日は、語彙が減る。満腹になると、未来が遠ざかる。十五歳で自分の三か月後を食べた少女は、十七歳の夜、誰かの未来を入れた保冷箱を港へ運ぶ。 -
出生時、私は複数形だった
赤の他人に身体を預け、自分の疲労を見知らぬ誰かへ分散する施術所《BODY COMMONS》。重さを手放すほど、他者の痛みがこちらへ流れ込んでくる。身体の所有、記憶、孤独、そして人間がどこまで一つなのかを描く短編。 -
三年遅れの未読通知
出来事が終わる時刻と、身体がそれを終える時刻は一致しない。脚に残る歩いた距離、胃に残る食事の温度、閉じた画面の奥で続く思考。翌朝、身体は昨日の日付がついた反応を届けてくる。けれど左肩に届いたのは、覚えていない三年前の痛みだった。 -
十八分間の失踪
目的地へ向かう十八分のあいだ、私は自分の人生から外れていた。遅れて瞬く車窓の顔、何度も戻る到着時刻、別の場所に現れる男。移動中だけ存在する、名前のない自分をめぐる短編。 -
最後の水を所有する人
消える直前のものを記録し続ける男。失われる場所や人の最後を残す行為は、いつしか他者の時間を自分のものにすることと重なっていく。記録することの愛情と暴力を描いた短編小説。 -
途中のない途中
草がある。石がある。家がある。そこには誰かがいた時間の跡だけが残っている。消えたものではなく、残されたものから世界を見る短編。 -
土の中の予定
本棚の奥から、一冊の文庫本を抜いた。 背表紙には薄く埃が積もり、指でなぞったところだけ少し色が変わった。ページを開く。何枚かめくったところで小さな付箋が落ちた。そこには...... -
灰になる前の孤島
誰にも期待されず、何者にもならなくていい駅裏の喫煙所。火事で失われ、美しい意味を与えられていく場所と、そこに逃げていた男の記憶を描きます。 -
雨の匂いを返しに行く。
再会したのは3年後の六月、雨の日の喫茶店だった。変わった世界と曖昧な記憶のあいだで、あの日の匂いと続きを探す物語です。 -
最初から終わり方だけは分かっていた。
映画も旅も部屋も、終わりが決まっているから安心できた。秋の喫茶店で出会った彼女との恋を通して、終わりを管理したい心を描きます。 -
熊を見に行くついでに食べられてくるね
「熊を見に行くついでに食べられてくるね」。冗談のような言葉を入口に、町へ近づく熊と、人の暮らしに潜む諦念を描く短編小説です。
1
