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1センチ先の紫音
八月の午後、信号が青になった。みんなが渡るなか、私だけがその場に残っていた。地面が一センチ遠ざかり、街の音が遅れて届きはじめる。現実のすぐ先に沈む、静かな水中の短編。 -
午後の所在
午後二時七分、白昼夢への一時滞在が申請された。睡眠状態は覚醒。現実接続率は少しずつ低下し、やがて「現在地」は白昼夢を示す。帰還しようとしたとき、システムは告げる。同一地点への復帰は申請できません。 -
一度も触れられなかった
触れた場所の熱は、やがて薄れていく。最後まで残ったのは、一度も触れられなかったところだった。触覚と距離、そのあいだに残る空白を描く短編。 -
人並みという、存在しない列
「普通」「人並み」「みんな」。誰も正確な基準を知らないのに、私たちはそこから遅れている気がする。行き先も先頭も分からない「人並み」の列についての、短い寓話。 -
十五歳一名分、三か月後まで
疲れた日は、語彙が減る。満腹になると、未来が遠ざかる。十五歳で自分の三か月後を食べた少女は、十七歳の夜、誰かの未来を入れた保冷箱を港へ運ぶ。 -
出生時、私は複数形だった
赤の他人に身体を預け、自分の疲労を見知らぬ誰かへ分散する施術所《BODY COMMONS》。重さを手放すほど、他者の痛みがこちらへ流れ込んでくる。身体の所有、記憶、孤独、そして人間がどこまで一つなのかを描く短編。 -
三年遅れの未読通知
出来事が終わる時刻と、身体がそれを終える時刻は一致しない。脚に残る歩いた距離、胃に残る食事の温度、閉じた画面の奥で続く思考。翌朝、身体は昨日の日付がついた反応を届けてくる。けれど左肩に届いたのは、覚えていない三年前の痛みだった。 -
十八分間の失踪
目的地へ向かう十八分のあいだ、私は自分の人生から外れていた。遅れて瞬く車窓の顔、何度も戻る到着時刻、別の場所に現れる男。移動中だけ存在する、名前のない自分をめぐる短編。 -
最後の水を所有する人
消える直前のものを記録し続ける男。失われる場所や人の最後を残す行為は、いつしか他者の時間を自分のものにすることと重なっていく。記録することの愛情と暴力を描いた短編小説。 -
Ami – 傷ついても見捨てず、向き合う物語
傷ついても、終わりだと思っても、人は誰かと向き合い戻ってこられる。創作者Amiさんの物語と、その奥にある弱さ・責任・愛・再生をたどります。 -
星を戻さず、水を見ていた
星を戻し、失われた生命を蘇らせる力を持つ、名のない存在。世界へ介入するたびに別の傷が生まれることを知ったそれは、やがて星ではなく、石の窪みに残る小さな水を見るようになる。救済、選択、喪失、そして自分を必要としない世界についての物語。 -
途中のない途中
草がある。石がある。家がある。そこには誰かがいた時間の跡だけが残っている。消えたものではなく、残されたものから世界を見る短編。 -
土の中の予定
本棚の奥から、一冊の文庫本を抜いた。 背表紙には薄く埃が積もり、指でなぞったところだけ少し色が変わった。ページを開く。何枚かめくったところで小さな付箋が落ちた。そこには...... -
パンくず一粒分の一日
部屋はまだ、夜の続きにあった。カーテンの隙間から入る光が、床の上に細い線を作っている。机の上には一冊の本が伏せられていた。読みかけなのか、読み終えたのかは分からない。ページの間には、古い紙の栞が挟まっている。 -
灰になる前の孤島
誰にも期待されず、何者にもならなくていい駅裏の喫煙所。火事で失われ、美しい意味を与えられていく場所と、そこに逃げていた男の記憶を描きます。 -
昨日の面積
昨日を思い出そうとすると、出来事より先に、物のあった場所が浮かんだ。二つのコップを片づけた朝、机の上には少し広くなった場所だけが残っていた。 -
未決定の再配置
コップを動かし、戻す。紙を折りかけてやめ、椅子を引いてまた戻す。机の上のものは少しずつ位置を変えながら、最後には最初とほとんど同じ場所へ戻っていく。 -
知らないものにはまだ名前がないだけ
引っ越した部屋のノートに、毎朝ひとつ増えていく見知らぬ文章。見えないものは存在しないのか、それともまだ名前がないだけなのか。 -
心は死んでいる。身体はとうに崩れている。
理由がなくても朝は来る。世界が昨日の続きを始めるなか、崩れた心と身体を抱えた僕が、理由のない時間を生きていく短編小説です。 -
雨の匂いを返しに行く。
再会したのは3年後の六月、雨の日の喫茶店だった。変わった世界と曖昧な記憶のあいだで、あの日の匂いと続きを探す物語です。 -
最初から終わり方だけは分かっていた。
映画も旅も部屋も、終わりが決まっているから安心できた。秋の喫茶店で出会った彼女との恋を通して、終わりを管理したい心を描きます。 -
熊を見に行くついでに食べられてくるね
「熊を見に行くついでに食べられてくるね」。冗談のような言葉を入口に、町へ近づく熊と、人の暮らしに潜む諦念を描く短編小説です。
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