翌朝、身体だけが昨日に残っていた。
太腿には歩いた距離があり、胃には昨夜の温度があり、閉じたはずの画面は頭の中でまだ明るかった。
そして左肩には、覚えていない三年前の痛みがあった。
出来事が終わる時刻と、身体がそれを終える時刻は一致しない。
予定には終了時刻がある。
十八時に仕事が終わる。
十九時に駅を出る。
二十時に家へ着く。
玄関の鍵を閉め、靴を脱ぎ、鞄を床へ置けば、その日は完了したことになる。
少なくとも、頭の中では。
階段を下りようとすると、太腿の奥が鈍く痛んだ。
一段目に足を置いた瞬間、前日に歩いた距離が戻ってきた。
駅までの道。
長い地下通路。
変わりかけた信号を少し走ったこと。
電車が来るまで立っていた時間。
帰り道、知らないうちに歩幅が小さくなっていたこと。
思い返していたわけではない。
筋肉痛が、それらをまとめて届けてきた。
筋肉痛が来たので、昨日は実在した。
そう思った。
胃には昨夜の食事が残っていた。
食べたものだけではない。
量や温度まで残っているようだった。
熱いものを急いで飲み込んだこと。
満腹になってからも、皿に残ったものを口へ運んだこと。
冷たい飲み物を続けて飲んだこと。
皿が空になっても、身体の中では食事が続いている。
画面を閉じても、思考は終わらなかった。
読みかけの文章。
返さなかった連絡。
選ばなかった言葉。
途中で止めた映像。
暗くなったディスプレイの奥で、続きを入力する指だけが動いているような気がした。
電源を落としても、思考には終了ボタンがない。
用事の最中は動ける。
時刻を確かめ、返事をし、歩き、話し、必要なことを済ませる。
身体も従っているように見える。
けれど帰宅して玄関の鍵を閉めた途端、それまで保留されていたものが追いついてくる。
立っていられなくなる。
急に眠くなる。
胸の奥が重くなる。
理由の分からない涙が出る。
疲労が、その瞬間に生まれたわけではない。
外にいるあいだ、身体は崩れることを待っていたのだと思う。
話し終えるまで。
電車を降りるまで。
誰にも見られない場所へ戻るまで。
安心したあとに泣くのは、悲しいからだけではないのかもしれない。
泣くことを後回しにしていた身体へ、ようやく順番が回ってきただけなのかもしれない。
頭は予定表の上で一日を終える。
身体は、反応が尽きるまで次の日へ進まない。
身体は、自分の速度でしか終わることができない。
だから日付が変わっても、脚は歩き続け、胃は食事を終えられず、瞼は足りなかった睡眠を数えている。
以前は、その遅れを異常だと思っていた。
なぜ今になって疲れるのか。
なぜ終わったあとに苦しくなるのか。
なぜ何も起きていない場所で動けなくなるのか。
けれど身体には、数字では進まない時計があるのかもしれない。
安全になったとき。
横になったとき。
誰にも見られていないとき。
身体はそこで初めて、保留していた一日を再生する。
ある朝、太腿が小さく震えた。
ポケットにスマートフォンは入っていなかった。
それでも通知が届いたときと同じ間隔で、皮膚の下が二度振動した。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
手を当てると震えは止まり、代わりに痛みが広がった。
前日に長く歩いたせいだと思った。
心当たりのある痛みだった。
駅までの道。
階段。
信号。
立って待っていた時間。
身体から、昨日の日付がついた通知が届いたようだった。
本文はない。
送信者もいない。
ただ、反応だけが残されている。
太腿には歩いた距離。
胃には食べた量。
瞼には眠らなかった時間。
胸には言えなかったこと。
身体の各所が、それぞれの方法で昨日を知らせていた。
翌日、左肩にも通知が届いた。
肩の奥で、何かが三度脈打った。
前日に重いものを持った覚えはない。
ぶつけてもいない。
寝違えた痛みとも違った。
痛いことより、その痛みを以前にも知っていたような感覚の方が不気味だった。
左肩へ手を置く。
一瞬だけ、白い壁が見えた。
光の少ない廊下。
閉じた扉。
手の中にある冷たい金属。
それだけだった。
場所は分からない。
病院にも見えた。
古い学校にも、事務所にも、誰かの家にも見えた。
扉には細長い窓があったような気がする。
けれど思い返すたび、その形は変わった。
確かだったのは、鍵を握っていた感覚だけだった。
何も持っていない手を閉じる。
指が自然に曲がる。
親指が、細い金属を押さえる位置へ動く。
身体だけが、その持ち方を知っていた。
肩の奥が、もう一度震えた。
誰かが泣く前に、息を止める音が聞こえた。
泣き声ではない。
声が漏れないように喉を閉じた、ほんの短い呼吸。
すぐ近くで聞いたことがあると思った。
けれど、いつだったのかは分からなかった。
机の上のスマートフォンが点灯した。
通知音は鳴らなかった。
画面には、日付だけが表示されていた。
三年前の八月五日。
アプリの名前はない。
送信者も本文もない。
白い画面の中央に、日付だけが残っていた。
一度閉じ、もう一度画面を見る。
通知は消えていた。
三年前のその日に何をしていたのか、思い出せなかった。
カレンダーには何も登録されていない。
写真もない。
メッセージを遡っても、その日に何があったのかは分からなかった。
空白の日付だった。
それでも左肩は痛んでいた。
身体が終えていないのは、昨日だけではなかった。
三年前の何かが、まだ身体の中で続いている。
そう考えた。
けれど、それが記憶なのかどうかは分からなかった。
昔見た夢かもしれない。
誰かから聞いた話が、自分の過去へ混ざったのかもしれない。
現在の疲労が、無関係な断片をつなぎ合わせただけかもしれない。
身体が覚えているように見えるからといって、それが真実であるとは限らない。
それでも痛みは、今ここにあった。
白い壁。
閉じた扉。
鍵。
息を止める音。
場面には、自分の姿がなかった。
自分の目で見た記憶なら、自分自身が映っていないのは当然だった。
けれど、自分の視点に似ているというだけで、自分の経験だとは言い切れなかった。
身体が返しているのは、過去そのものではない。
過去のようなものだった。
左肩に触れるたび、断片が戻った。
しかし確認するほど、痛みは弱くなった。
痛みが薄れると、場面も崩れていった。
壁の白さが分からなくなる。
扉の形が曖昧になる。
息を止めたのが誰だったのか、考えることさえ難しくなる。
痛みが消えれば、場面も失われる。
記憶を残すには、痛みを残さなければならない。
そう気づいてから、肩を休められなくなった。
痛みが戻る角度まで腕を上げた。
眠らずに断片を書き留めた。
けれど、言葉にすると別のものになった。
「白い壁」と書けば、どこにでもある壁になる。
「閉じた扉」と書けば、ただの扉になる。
「誰かが泣く前に息を止めた」と書けば、体験ではなく文章になる。
保存したはずなのに、身体に残っていた温度だけが抜けていった。
記録することと、残すことは同じではなかった。
ある夜、左肩の痛みが消えた。
太腿も震えなかった。
胃の重さもなく、頭の中で続いていた文章も途切れていた。
身体は静かだった。
ようやく終わったのだと思った。
脚は今日にいる。
胃も今日にいる。
左肩も、三年前から戻ってきた。
安心した。
同時に、大切な手がかりを失ったような気がした。
白い壁を思い出そうとした。
何も見えなかった。
扉もなかった。
息を止める音も聞こえなかった。
三年前の日付だけは覚えていたが、それさえ本当に表示されたものなのか分からなくなっていた。
覚えているのは、何かを忘れたという感覚だけだった。
布団の中で右手を開いた。
手のひらには何もない。
傷も、痕跡もなかった。
それでも指は自然に内側へ曲がった。
親指が、人差し指の横へ添えられる。
何か細いものを握る形だった。
冷たい金属の重さはない。
扉がどこにあったのかも分からない。
誰の鍵だったのかも分からない。
ただ、手のひらだけが鍵の形を覚えていた。
身体は、一日を終えるのが遅い。
ときには三年かかっても、終えられない。
頭が忘れたあとも、身体は自分の時刻で通知を送り続ける。
それが何の記憶なのか。
本当に自分のものなのか。
確かめる方法は、もうなかった。
翌朝、階段を下りた。
太腿に痛みはなかった。
一段目。
二段目。
三段目。
身体はようやく今日へ追いついたようだった。
玄関の鍵を取ろうとしたとき、右手の指が途中で止まった。
いつもの鍵とは違う形を握ろうとしていた。
手のひらには、何もない。
それでも指だけが、知らない鍵の持ち方を覚えていた。


コメント