雀の声が、部屋の中から聞こえた。
外で鳴いているものだと思っていた。
見回すと、本当に一羽いた。
少し前、空気を入れ替えようと思って、戸を変えた。
何から何へ変えたのかは覚えていない。
閉めていたものを開けたのか、ガラス戸を網戸にしたのか。そのあたりだけが抜けている。
ただ、部屋に溜まっていた空気を少し動かしたかったことは覚えている。
戸を動かしてから、しばらくは何も起こらなかった。
外の明るさが少し増えた。
風が入り、部屋の中の薄いものがわずかに揺れた。
それくらいだった。
やがて雀が鳴いた。
珍しいことではない。
普段から、近くで雀の声がする。
屋根なのか、木なのか、電線なのか。
姿まで確かめることはほとんどない。
声がすれば、どこか外にいる。
いつもはそれで済んでいた。
一度鳴いた。
しばらくして、もう一度。
私はそのまま何かをしていた。
何をしていたのかは思い出せない。
座っていたのかもしれないし、片づけでもしていたのかもしれない。
また鳴いた。
そこで手が止まった。
近い。
音が大きいわけではなかった。
むしろ小さい。
でも、その小ささのまま、妙にはっきり聞こえた。
外から来る音には、距離がある。
何メートル先なのか分からなくても、声と耳のあいだに何かがある。
風だったり、
高さだったり、
壁だったり、
窓だったり。
今聞こえている声には、それがほとんどなかった。
もう一度鳴いた。
顔を上げた。
部屋を見回した。
すぐには見つからない。
床。
家具のまわり。
物の陰。
視線をゆっくり動かしていく。
いた。
雀が一羽、室内にいた。
少し笑った。
それなら近いはずだった。
いつからいたのだろう。
雀は慌てて飛び回ってはいなかった。
窓にぶつかっているわけでもない。
そこに小さな身体を置いて、ときどき頭を動かしている。
外で見るより、ずっと小さく感じた。
部屋の中では、その身体だけが妙に軽そうに見えた。
私は戸のところへ行った。
少し開いていた。
人間なら、開いているとも閉まっているとも言い切れない幅だった。
けれど、雀なら通れそうだった。
たぶん、ここから入った。
もう少し戸を動かした。
外へ出られるだけの隙間をつくって、そのそばに立った。
捕まえることは考えなかった。
追い立てる気にもならなかった。
急にこちらが動けば、部屋の奥へ飛ぶかもしれない。
高いところへ行くかもしれない。
何かにぶつかるかもしれない。
だったら、自分で出るまで待つ方がよかった。
雀はすぐには動かなかった。
少し進む。
止まる。
こちらを見る。
別の方を見る。
また少し動く。
やがて戸の方へ近づいた。
一度止まった。
そのまま隙間を抜けて外へ出ていった。
私は見送った。
これで終わったと思った。
少しして、すぐ向こうで雀が鳴いた。
戸を見ると、網戸になっていた。
向こう側の明るさが見える。
風が通る。
声も入ってくる。
雀は網の向こうにいた。
さっきまでこの部屋にいた一羽が、今は薄い網一枚の向こう側にいる。
近かった。
私はしばらく見ていた。
雀はそのままどこかへ飛び去るでもなく、戸の近くに残っていた。
ときどき鳴いた。
私は別のことを始めた。
時間が経った。
十五分くらいだったのかもしれない。
三十分近かったのかもしれない。
正確には分からない。
それでも、ときどき声が聞こえた。
まだいるのかな、とは思った。
けれど、見には行かなかった。
さっき外へ出たのを自分で見た。
それで十分だった。
また鳴いた。
そのとき、少し違う気がした。
一つではない。
網戸の向こうから聞こえる声とは別に、もっと近いところから音がした。
耳を澄ませた。
やっぱり部屋の中から聞こえている。
でも、雀は外にいるはずだった。
戸のところへ行った。
向こうを見る。
いた。
雀はまだ、すぐ近くにいた。
思っていたより長くそこにいる。
私は少し不思議に思いながら眺めた。
確かに、そこにいる。
そのとき、背後から鳴き声がした。
振り返った。
もう一羽いた。
なるほど。
驚くより先に、納得した。
一羽だと思っていた。
でも二羽いた。
私は部屋の中の雀を見た。
さっきと同じように出してやろうと思った。
戸のところへ戻った。
手をかけた。
開けた。
その瞬間、外にいた雀が、すばやく室内へ飛び込んできた。
思わず笑った。
あまりに早かった。
こちらが戸を動かした瞬間を、向こうはずっと待っていたみたいだった。
一瞬で中に二羽になった。
どちらが最初に入っていた一羽で、どちらがさっき外へ出た一羽なのか、もうよく分からなかった。
見分けようとしても、ほとんど同じに見える。
そのうち、一羽が外へ出た。
残った一羽は床へ降りた。
ぴょん、と跳ねた。
少し離れたところで止まる。
首を傾げる。
反対側へ傾げる。
床を見る。
こちらを見る。
また少し進む。
困っているというより、初めて見るものを順番に確かめているようだった。
私は戸のそばに立っていた。
雀も、ときどきこちらを向く。
目が合っているのかは分からない。
こちらへ首を向けても、すぐ別のものを見る。
数分が経った。
まだ出ていかない。
通れるところは、すぐそこにある。
それでも、急いで飛び出す様子はなかった。
このままにしておけば、そのうち勝手に出ていくだろうと思った。
少し離れてもいいかもしれない。
そう考えたとき、風が入ってきた。
戸の向こうを見た。
ふと、カラスでも入ってきたらどうしようと思った。
少し前には、外にいた雀が一瞬で飛び込んできた。
同じ場所を通れるものが、雀だけとは限らない。
開いている場所に、こちらの都合は書いていない。
私は戸のそばに残った。
雀は床の上を少しずつ移動している。
閉めることもできた。
そうすれば、これ以上何かが入ってくることはない。
でも、この一羽も中に残る。
もっと大きく開ければ、出ていきやすいのかもしれない。
けれど、さっきより広くする必要があるのかどうかも分からなかった。
私は何も変えなかった。
その幅のままにした。
追わない。
手も出さない。
ただ、そこに立っていた。
普段なら、数分など気づかないうちに過ぎる。
けれど、雀が一羽部屋にいて、その一羽が自分から外へ出るのを待つ時間は長かった。
時計は見なかった。
雀が動くたび、まだいることだけが分かった。
こちらが何かをすれば、もっと早く終わるのかもしれなかった。
追えば飛ぶかもしれない。
音を立てれば、動くかもしれない。
でも、その先までは選べない。
だから待った。
そのうち、雀が戸の方を向いた。
しばらく動かなかった。
身体が少し低くなった。
次の瞬間、飛んだ。
そのまま外へ出た。
あっけなかった。
長く待ったのに、越えていく瞬間だけはほとんど時間がなかった。
私はすぐには戸を閉めなかった。
向こうを見る。
雀の姿はもう見えない。
もう一羽もいない。
少し待つ。
戻ってこない。
何も入ってこない。
そこで戸を閉めた。
床にはもう雀がいなかった。
さっきまで跳ねていた場所も、何も変わっていない。
羽根が残っているわけでもない。
何かが倒れているわけでもない。
雀が二羽いたことを示すものは、ほとんどなかった。
部屋は、そのままだった。
私は少しのあいだ立っていた。
二羽とも外にいるはずだった。
ただ、もう姿は見えない。
すぐ近くにいるのかもしれない。
もう建物から離れているのかもしれない。
確かめようと思えば、また戸のところへ行けた。
でも、行かなかった。
しばらくして、雀が鳴いた。
私は耳を澄ませた。
遠かった。
部屋の中にいたときの、輪郭のはっきりした声ではなかった。
網戸のすぐ向こうから聞こえていた声とも違う。
どこにいるのかは分からない。
姿も見えない。
もう一度、鳴いた。
私はそのまま聞いていた。
戸は閉まっていた。
風が少し入ってきた。
外の音も聞こえた。
部屋の中には、もう雀はいなかった。
雀の声は、もう遠かった。

