最後の椅子を運び終え、管理表に四十三と書いた。
倉庫の床には、二十一脚と二十二脚の椅子が並んでいた。
翌朝、数えると四十二脚しかなかった。
古い市民会館の備品を整理する仕事だった。
建物は翌月に取り壊される。
残せるものは別の施設へ移し、それ以外は処分する。
私は各部屋を回って机や椅子を数え、写真を撮り、管理表に記入していた。
椅子は一階の倉庫に集めた。
重ねると数がわからなくなるので、床に二列に並べ、一脚ずつ背もたれに触れながら数えた。
奥の列が二十一脚、手前が二十二脚。
背もたれの形が違うものが三脚あった。
座面に丸い焦げ跡のあるものも一脚あった。
焦げた部分は少しざらついていて、指が引っかかった。
並べ終えた椅子を写真に撮り、管理表に青いボールペンで四十三と書いた。
紙をすぐに閉じたため、数字の一部が向かいのページに移った。
午後五時を過ぎていた。
照明を消し、倉庫に鍵を掛け、管理室へ返した。
管理人は受け取りの時刻を帳面に書き込んだ。
翌朝、椅子は二列のままだった。
奥から一脚ずつ背もたれに触れた。
手前の列で、二十二と言うより先に指が壁へ届いた。
二十一脚と二十一脚。
反対側から数えても、四十二脚だった。
焦げ跡のある椅子は残っていた。
背もたれの違う三脚もあった。
昨日、最後にどの椅子を置いたのか思い出せなかった。
管理室に戻り、前日に撮った写真を開いた。
椅子は二十一脚ずつ並んでいるように見えた。
画面を拡大し、重なった背もたれを一脚ずつ指で追った。
四十二脚。
撮影時刻は午後四時五十八分。
管理表に数字を書いた少し前だった。
机の上で管理表を開いた。
四十三。
自分の字だった。
向かいのページには、薄く反転した数字が残っていた。
管理人は一緒に倉庫へ来てくれた。
「昨日は四十三だったんですか」
「はい」
「ほかの部屋には?」
「全部ここへ運びました」
彼が数え、私が数えた。
どちらも四十二だった。
管理表と写真を見せると、管理人はしばらく数字を見比べた。
「数え間違いかもしれませんね」
私は椅子の列を見た。
「実際の数に直してもらえれば大丈夫です」
管理室へ戻り、四十三に一本の線を引いた。
隣に四十二と書き、備考欄には「現物確認」と記入した。
そのあと、二階の長机を運び出した。
脚を畳み、廊下に立て掛け、また部屋へ戻る。
同じ動きを続けているうちに、前日、椅子を運んだときのことを思い出そうとした。
最後の一脚は、どちらの手で持っていただろう。
背もたれをつかんだ指の位置も、床に下ろしたときの音も思い出せなかった。
浮かんでくるのは、並んだ椅子と、その上の白い照明ばかりだった。
昼休みに倉庫へ戻った。
四十二脚。
午後にも数えた。
目だけで追うと、途中でどこまで数えたのかわからなくなり、何脚か戻ってやり直した。
最後まで数えても、四十二脚だった。
三日後、運送会社が椅子を引き取りに来た。
担当者の一人が台車で運び、もう一人がトラックに積んだ。
私は倉庫の入口で管理表を持ち、運び出されるたびに印を付けていた。
最後の台車が出ると、倉庫は空になった。
床には、台車の車輪が通った細い跡が残っていた。
鍵を掛けていると、担当者が戻ってきた。
「椅子、四十三ありますけど」
管理表を見た。
「四十二のはずなんですが」
「荷台で数えてもらえますか」
トラックに上がり、担当者の隣に立った。
椅子は荷台の奥に寄せられていた。
背もたれをつかみ、一脚ずつ少しずらしながら数えた。
四十三脚。
担当者にも数えてもらった。結果は同じだった。
背もたれの違う三脚も、焦げ跡のある一脚もあった。
私は焦げ跡を指でなぞった。
ざらつきは変わらなかった。
「四十三で伝票を作りますね」
担当者は荷台を降りた。
私は椅子を元の位置へ戻した。
何度も持ち上げたせいで、指の付け根が赤くなっていた。
管理室で四十二の横に四十三と書いた。
線を引かれた四十三と、四十二と、新しい四十三。
管理表を裏返した。
最初の四十三だけが、反対側へ薄く移っていた。
作業の最終日、運送会社から引き渡し確認書が届いた。
「椅子 四十三脚」
受領印が押されていた。
私は管理表と重ねてクリップで留め、管理人に渡した。
「結局、四十三だったんですね」
「そうなりました」
「一脚、どこにあったんでしょう」
「わからないです」
「数が合ってよかったですね」
管理人は書類を引き出しにしまった。
奥で紙が擦れる音がした。
私は控えを持って、空になった倉庫へ行った。
床の傷の前にしゃがんだ。
椅子の脚を引きずったような細い線が、いくつも交差していた。
指先で一本をなぞった。
途中で別の傷と重なり、どこへ続いているのかわからなくなった。
管理表を開き、最初の四十三を指で押さえた。
椅子を並べた日の倉庫を思い出そうとした。
白い照明。
奥の壁。
二列の椅子。
手前の列を奥からたどった。
背もたれを一脚ずつ数えていくと、最後の椅子の向こうには壁があった。
もう一脚が入っていた場所を探した。
列の端にも、二列の間にも、椅子を置けそうな隙間は思い浮かばなかった。
写真を開いた。
画面の中の倉庫は、さっき思い浮かべた倉庫とよく似ていた。
私は写真を閉じた。
もう一度思い出そうとすると、最初に浮かんだのは、写真を拡大したときの背もたれの重なりだった。
管理表の最初の四十三に目を戻した。
数字の端が少し右へ伸びていた。
向かいのページに移ったインクを確かめ、控えを折らずに鞄へ入れた。
照明を消すと、扉の下から廊下の光が細く入った。
鍵を掛け、管理室へ戻った。
翌週、市民会館の前を通った。
建物の周囲には工事用の仮囲いが立ち、正面のガラス扉には閉館を知らせる紙が貼られていた。
二階の窓には、カーテンが一枚だけ残っていた。
門の脇に折りたたみ椅子があった。
座面には雨の水滴がいくつか載っていた。
私は少し立ち止まった。
椅子の脚の下だけ、舗装が乾いていた。
道路を車が通り、濡れた路面から短い音が上がった。
歩き出してから一度振り返った。
椅子はまだ門の脇にあった。
角を曲がると、見えなくなった。


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