Quiet Letter 3

生成りの紙を背景に、Quiet Letter 3 2026.06.24の文字と、シンクに置かれたカップの線画が配置された表紙画像

記憶に再会するために送る手紙。

目次

最近、忘れものをしたことはありますか?

財布とか。

傘とか。

買い物のメモとか。

昨日考えていたこととか。

今日の朝食とか。

誰かと話した内容とか。

そういうものです。

私は今日、シンクに置かれたカップを見て、

「あれ、これ飲んだっけ」

と思いました。

カップの底には茶色い輪っかができていました。

飲んだ記憶がありません。

少し考えてみたけれど思い出せませんでした。

たぶん飲んだのだと思います。

飲んでいなかったら空にはならないので。

最近、そういうことが増えました。

朝ごはんを食べたっけ?

食べたのか思い出せない。

散歩をした気がする。

でもどこを歩いたのか思い出せない。

誰かと話した気がする。

でも何を話したのか思い出せない。

少し前まで、記憶というのは積み上がっていくものだと思っていました。

昨日があって、今日があって、明日が来る。

一本の道みたいなものだと思っていました。

でも最近は違います。

ところどころ抜けています。

飛び石みたいです。

六月の前半は長野にいました。

喫茶店に行きました。

温泉にも入りました。

人にも会いました。

写真も撮りました。

でも思い出そうとすると、

先に写真が出てきます。

スマートフォンを開くと、そこにあるからです。

写真を見て、そうだった。

こんな場所にいた。

こんなことを話した。

誰といた。

そんな風に少しずつ思い出します。

思い出しているというより、再会している感覚に近いのかもしれません。

だから最近、記録を残す理由が少し変わりました。

以前は未来のためだと思っていました。

あとで見返すため。

誰かに見せるため。

忘れないため。

でも今は、過去の自分に再び会うためのものにも思えます。

写真とか。

メモとか。

カレンダーとか。

Recordsに書いている短い文章もそうです。

そこに残っているのは情報ではなくて、その日の自分の痕跡なのかもしれません。

全部忘れていくけど、また会いに行けばいい。

そう思うと少し気が楽になります。

あなたは最近、忘れものをしたことがありますか。

もしあるなら、それは本当になくなったのでしょうか。

案外どこかで静かに待っていて、また会える日を待っているだけかもしれません。

またね。

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