記憶に再会するために送る手紙。
最近、忘れものをしたことはありますか?
財布とか。
傘とか。
買い物のメモとか。
昨日考えていたこととか。
今日の朝食とか。
誰かと話した内容とか。
そういうものです。
私は今日、シンクに置かれたカップを見て、
「あれ、これ飲んだっけ」
と思いました。
カップの底には茶色い輪っかができていました。
飲んだ記憶がありません。
少し考えてみたけれど思い出せませんでした。
たぶん飲んだのだと思います。
飲んでいなかったら空にはならないので。
最近、そういうことが増えました。
朝ごはんを食べたっけ?
食べたのか思い出せない。
散歩をした気がする。
でもどこを歩いたのか思い出せない。
誰かと話した気がする。
でも何を話したのか思い出せない。
少し前まで、記憶というのは積み上がっていくものだと思っていました。
昨日があって、今日があって、明日が来る。
一本の道みたいなものだと思っていました。
でも最近は違います。
ところどころ抜けています。
飛び石みたいです。
六月の前半は長野にいました。
喫茶店に行きました。
温泉にも入りました。
人にも会いました。
写真も撮りました。
でも思い出そうとすると、
先に写真が出てきます。
スマートフォンを開くと、そこにあるからです。
写真を見て、そうだった。
こんな場所にいた。
こんなことを話した。
誰といた。
そんな風に少しずつ思い出します。
思い出しているというより、再会している感覚に近いのかもしれません。
だから最近、記録を残す理由が少し変わりました。
以前は未来のためだと思っていました。
あとで見返すため。
誰かに見せるため。
忘れないため。
でも今は、過去の自分に再び会うためのものにも思えます。
写真とか。
メモとか。
カレンダーとか。
Recordsに書いている短い文章もそうです。
そこに残っているのは情報ではなくて、その日の自分の痕跡なのかもしれません。
全部忘れていくけど、また会いに行けばいい。
そう思うと少し気が楽になります。
あなたは最近、忘れものをしたことがありますか。
もしあるなら、それは本当になくなったのでしょうか。
案外どこかで静かに待っていて、また会える日を待っているだけかもしれません。
またね。

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