Quiet Letter 9

アーチが連なる淡い水彩の空間で、離れた場所に立つ二人の人物

誰かと一緒にいることについて考えるとき、なぜか美術館のことを思い出す。

同じ入口から入ったのに、気づけば別々の場所にいる。

僕はずいぶん前の部屋に残っていて、相手はもう二つ先の展示を見ているかもしれない。

そこで待っていてほしいとは思わない。

僕も急いで追いつこうとは思わない。

それぞれが、それぞれの速度で見ればいい。

そして出口の近くでまた会って、

「何が良かった?」

と聞けたら、それで十分なのだと思う。

たぶん、人と暮らすことにも似たようなところがある。

朝から夜まで同じことをしている必要はないし、考えていることを全部共有する必要もない。

知らない部分が残っていてもいい。

むしろ、その方がいいのかもしれない。

今日は何をしていたのか。

最近、何を考えているのか。

どうしてそれを好きなのか。

何年一緒にいても、まだ聞いてみたいことが残っている。

そんな人がいい。

僕は一人でいる時間が好きだ。

映画を観たり、写真を撮ったり、知らない道へ入ってみたり、何も目的を決めずに街を歩いたりする。

誰かといることで、その時間を失いたいとは思わない。

同じように、相手にも僕の知らない時間があってほしい。

僕が知らない場所へ行って、僕が読まない本を読んで、僕には分からないことに夢中になっていてほしい。

そして、ときどき、

「これ、たぶん好きだと思う」

と何かを渡してくれる。

写真一枚でもいいし、映画でも、音楽でも、道端で見つけた妙なものでもいい。

僕もそうしたい。

誰かを好きになることは、相手と同じ人間になっていくことではないと思う。

二人の違いが少しずつ消えて、何でも一緒にするようになることでもない。

むしろ、この人は自分とは違う世界を見ている。

そのことを面白いと思い続けられることなのかもしれない。

もちろん、ずっと静かでいたいわけでもない。

くだらないことで笑いたいし、突然遠くへ行くこともあるだろうし、スーパーで何を買うかで迷ったり、夜中にどうでもいい話をしたりもしたい。

特別な時間より、そういう時間の方が、あとになって残る気もしている。

以前は、自分とよく似た人なら分かり合えると思っていた。

でも最近は少し違う。

似ていることより、違うままで話せること。

分からないときに、分かったふりをしないこと。

沈黙を急いで埋めないこと。

一人になりたい時間を、拒絶だと思わないこと。

そして、何か面白いものを見つけたとき、ふと相手の顔が浮かぶこと。

そういう方が、たぶん大切なのだと思う。

どこにそんな人がいるのかは知らない。

もしかすると、もうどこかですれ違っているのかもしれないし、まだ一度も同じ街を歩いたことすらないのかもしれない。

探しに行けば見つかるものなのかも、よく分からない。

だから、とりあえずここに書いておくことにした。

もしこれを読んで、「少し分かる」と思ったなら、あなたが最近見つけたものを、ひとつ教えてください。

映画でも、場所でも、写真でも、名前のついていない感覚でも。

そこから話せたらと思っています。

目次