何かが終わるのを待つ時間へ送る手紙。
最近、まだ途中にあるものはありますか。
洗濯物が干されたあと、私は時々ベランダを見ます。
さっきまで洗濯機の中で回っていた服たちが、今は気持ち良さそうに揺れている。
シャツ。
ズボン。
タオル。
干したばかりの洗濯物は、まだ冷たくて、少しだけ水を含んでいる。
けれど、同じ場所に掛けられているだけなのに、時間が経つと少しずつ変わっていく。
曇っている日は、なかなか乾かない。
厚手のものは表面だけ乾いていて、裏側にはまだ湿り気が残っていることもある。
もう大丈夫だと思って取り込んだあと、乾いていないことに気づく。
そんな日は、もう一度室内で干す。
そして、いつの間にか忘れた頃に乾いている。
洗濯物が乾くまでの時間は、何かをしているわけではない。
ただ掛けられたまま、風を受けて、光を浴びている。
でも、その間にも少しずつ変化している。
以前は、乾いた服だけを見ると、その前にあった時間を忘れてしまう。
濡れていた時間。
風を待っていた時間。
まだ使える状態ではなかった時間。
完成した形になるまでには、誰にも見えない時間がある。
人の変化も、もしかすると同じなのかもしれません。
すぐには違いが分からない日があります。
昨日と何も変わっていないように感じる朝。
何も進んでいないように思える時間。
でも、あとから振り返ると、その間に少しだけ変わっていたことに気づく。
少し遠くまで歩けたこと。
前より長く眠れたこと。
以前なら気づかなかったものに目が向いたこと。
誰かと話した短い時間。
その時には、大きな変化だとは思わなかったもの。
近くで見ていると分からない変化がある。
洗濯物が乾いていく様子を、ずっと見続けていなくても、気づいた時には形が変わっているように。
まだ答えが出ていないこと。
終わっていないこと。
まだ届いていないもの。
すぐには変わらないもの。
それは止まっているのではなく、まだ見えていないだけなのかもしれません。
今日もどこかで、まだ乾く途中のものがあります。
急がずに待てる日があってもいいのかもしれません。
またね。


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