身体未退勤

仕事を終え、電車で帰宅し、食事や就寝へ移るまでの一人の人物を重ねて描いたイメージ

仕事は終わっている。

身体だけが、まだ終わっていない。

十七時半を過ぎても、歩く速度が仕事のままだ。

使っていたものを片付ける。

電源を落とす。

道具を戻す。

机の上を確認する。

着替える。

鞄を持つ。

職場を出る。

扉が閉まる。

外の空気に触れる。

勤務時間は、そこで終わっている。

勤怠表にも、そう残る。

始業。

休憩。

終業。

一日は数字にすると、きれいに区切られる。

でも、身体にはその線がない。

駅へ向かう。

急いでいるつもりはない。

電車の時間にも余裕がある。

それでも、前を歩く人が少し遅いと追い越したくなる。

信号が点滅すると足が速くなる。

階段では自然に二段先を見る。

改札。

ホーム。

乗り換え。

駅を出たらスーパー。

帰ったら着替える。

食事。

風呂。

明日の準備。

次。

その次。

仕事は終わったはずなのに、身体の中ではまだ順番が続いている。

電車に乗る。

空いている席を見つけて座る。

止まったはずなのに、背中は椅子についていない。

肩に力が入っている。

膝の上の鞄を握っている。

スマートフォンを開く。

通知を見る。

閉じる。

時計を見る。

ニュースを開く。

閉じる。

別のアプリを開く。

特に見たいものがあるわけではない。

ただ、何かをしている。

職場では、それでよかった。

一つ終われば次がある。

呼ばれれば動く。

音がすれば見る。

時間が来れば切り替える。

待っている間に別のことをする。

何かが起こる前に少し身構える。

その状態が、職場の扉を出た瞬間に消えるわけではない。

窓の外を住宅が流れていく。

学生がいる。

買い物帰りの人がいる。

犬を連れた人が歩いている。

制服姿の人が減っていく。

もう仕事とは関係のない場所にいる。

それでも身体の一部だけ、まだ職場の方を向いている。

家に着く。

鍵を出す。

開ける。

靴を脱ぐ。

鞄を置く。

照明をつける。

玄関の内側にいる。

仕事用の靴も脱いだ。

職場まで戻る理由もない。

それでも、大きな音がすると振り向く。

スマートフォンが震えた気がして確認する。

何も来ていない。

水を飲む。

冷蔵庫を開ける。

閉める。

また開ける。

電子レンジを使う。

三十秒。

二十九秒。

二十八秒。

待てばいい。

その間にゴミをまとめる。

机のものを動かす。

スマートフォンを見る。

何もしない三十秒を、そのまま待てない。

家では必要のない速さだけが残っている。

食事をする。

仕事が終わったあとの食事なのに、休憩時間のように食べる日がある。

座る。

食べる。

画面を見る。

水を飲む。

時計を見る。

食べる。

これが終わったら次。

その次。

食事をしているのに、意識は食事の外にある。

味がしないわけではない。

おいしくないわけでもない。

ただ、身体のどこかが次の指示を待っている。

風呂に入る。

服を脱ぐ。

湯気がある。

お湯に触れる。

ここまで来れば、仕事とは関係のない場所にいる。

それでも、

明日は何時に起きるか。

あれはどこまで進んでいたか。

今日の作業で抜けていたことはなかったか。

返事を間違えていなかったか。

明日、最初に何をするか。

考えなくてもいいことが浮かぶ。

職場はもう閉まっているかもしれない。

人も帰っている。

今から何もできない。

それでも、途中だったものだけが家まで来る。

今日返せなかった連絡。

最後まで片付かなかった作業。

言われた一言。

言い返さなかったこと。

言わなければよかったこと。

明日の最初にやらなければならないこと。

終業時刻になったから、いったん手を離したもの。

パソコンは閉じられる。

道具は置ける。

作業着は脱げる。

建物からも出られる。

でも、

途中

には物理的な置き場所がない。

鞄には入れていない。

ポケットにも入っていない。

持って帰ったつもりもない。

それでも食卓にいる。

風呂にもいる。

布団にも来る。

仕事が残る場所は、頭だけではない。

よく歩いた日は、脚に残る。

椅子に座っても、ふくらはぎだけが一日を続けている。

細かいものを見続けた日は、目に残る。

画面を見たくない。

文字を追いたくない。

暗い部屋が楽に感じる。

大きな音の中にいた日は、耳に残る。

家の冷蔵庫の音まで大きく感じる。

人と話し続けた日は、声に残る。

家に帰ると、言葉を出したくなくなる。

嫌なわけではない。

返事をしたくないわけでもない。

声を出すまでに少し時間がかかる。

今日一日、

挨拶した。

聞いた。

返した。

説明した。

相槌を打った。

呼ばれた。

答えた。

言葉を使い切ったように感じる。

一人なら、何時間も何も言わない。

急ぎ続けた日は、速度に残る。

帰宅してもゆっくり動けない。

考え続けた日は、順番に残る。

何も予定がないのに、次のことを探している。

身体は仕事内容を、勤務表とは別の方法で記録している。

何時間働いたかではなく、

どれくらい立っていたか。

どれくらい歩いたか。

何回急いだか。

どれくらいの音を聞いたか。

何度名前を呼ばれたか。

何回判断したか。

何度予定を変えたか。

何回自分の感情を後ろへ回したか。

どれくらいの時間、自分以外の都合に合わせていたか。

勤怠表には、

八時間

とだけ残る。

静かな八時間。

機械音の中の八時間。

ほとんど話さなかった八時間。

人と話し続けた八時間。

一つの作業を続けた八時間。

何度も中断された八時間。

待っていた八時間。

急いでいた八時間。

時計にとっては同じ長さだ。

身体にとっても同じなのかは分からない。

仕事を終えて、会社を出る。

駅まで歩く。

電車に乗る。

最寄り駅で降りる。

家まで歩く。

移動距離だけなら、玄関で終わる。

でも、家に着いたあとも帰り道が続く日がある。

靴を脱ぐ。

鞄を置く。

服を着替える。

手を洗う。

水を飲む。

椅子に座る。

何もせずに画面を見る。

横になる。

目を閉じる。

起きる。

そのうち、少しずつ身体の速度が変わる。

肩が下がる。

背もたれに身体を預ける。

時計を見なくなる。

音がしても、すぐには反応しない。

帰宅には、玄関までの距離とは別の距離がある。

反対に、家に着く前に帰れる日もある。

電車の座席に座ったとき。

イヤホンをつけたとき。

駅から家まで歩いているとき。

途中のスーパーで夕食を考えたとき。

仕事と関係のないものを見つけたとき。

突然、歩く速度が少し遅くなる。

信号に間に合わなくてもいいと思う。

スマートフォンを見なくなる。

家に着いたら何をするかを考えなくなる。

仕事でも家でもない場所で、身体の一部だけが先に帰る。

帰り道には、何も決まっていない時間がある。

まだ家ではない。

もう職場でもない。

誰にも何かを頼まれていない。

家ですることも、まだ始まっていない。

電車の窓。

道路。

信号。

コンビニ。

住宅。

暗くなった空。

ただ、それらの間を通る。

仕事のときに身につけていたものが、一つずつ減っていく。

場所。

役割。

速度。

姿勢。

声。

次を予測する癖。

呼ばれたら反応する準備。

制服がある仕事なら、着替えることで一つ減る。

建物を出ることで一つ減る。

駅に着く。

電車に乗る。

最寄り駅で降りる。

家の鍵を開ける。

靴を脱ぐ。

風呂に入る。

照明を暗くする。

一つずつ外していく。

ただ、最後まで脱げない日がある。

スマートフォンが光る。

職場の名前が出る。

家に着いている。

食事も終わっている。

数時間前に退勤している。

内容を見る。

短い連絡。

明日でいい。

そう書いてある。

それでも読んだ瞬間、

身体が少し戻る。

返事をするか。

しないか。

何か問題があるのか。

自分に関係があるのか。

一度脱いだものを、また一枚だけ着る。

職場は遠い。

でも、仕事の入口だけが手の中にある。

通知がなくても、自分から開くことがある。

何か来ていないか確認する。

今日は大丈夫だったか。

何か忘れていないか。

あれは終わったか。

何も届いていないことを確認するために、仕事を見る。

何もなければ閉じる。

一つあれば、また考え始める。

仕事中は、途中のものを減らし続ける。

終わらせる。

返す。

片付ける。

確認する。

閉じる。

それを何時間も続けたあと、

終わっていないけれど今日はここまで、

と手を離す。

仕事を終えることは、全部を終わらせることではない。

途中のまま、明日の自分へ渡すことでもある。

うまく渡せた日は、帰りやすい。

渡せなかった日は、途中のものを持ったまま帰る。

食事中に思い出す。

風呂で思い出す。

布団に入ってから思い出す。

電気を消したあと、

あれを忘れている、

と思う。

忘れていないから出てくる。

何もできない時間帯に限って、やるべきことだけがはっきりする。

そのたびに、身体の一部が仕事側へ向き直る。

だから、

仕事から帰ったあと何もできない日

を、残った時間だけで考えるとおかしくなる。

十七時半に終わる。

十九時に家に着く。

二十四時に寝る。

五時間ある。

食事。

風呂。

それを引いても、三時間くらい残る。

映画を一本見られる。

本を読める。

文章を書ける。

写真を整理できる。

部屋を片付けられる。

誰かと話せる。

何か作れる。

数字の上では、その通りだ。

家に着く。

椅子に座る。

十五分だけ休もうと思う。

三十分になる。

もう少し座る。

一時間になる。

食事をする。

風呂に入る。

ようやく何かできそうな気がする。

今から始めるには遅い。

明日も仕事がある。

寝なければならない。

その日は、

仕事をした。

帰った。

食べた。

風呂に入った。

寝た。

それだけになる。

残っていたはずの数時間が、どこにもない。

スマートフォンを見ていた。

座っていた。

横になっていた。

何も作っていない。

何も進めていない。

何もしなかったように見える。

でも、その時間に身体は帰ってきていたのかもしれない。

肩の力が抜ける。

鞄を床に置く。

背もたれに寄りかかる。

時計を見なくなる。

音がしても反応しない。

食事を急がなくなる。

ようやく椅子に深く座る。

何かが増えるわけではない。

むしろ減っていく。

緊張が減る。

考えることが減る。

気にすることが減る。

反応する必要が減る。

何もしなくてよくなる。

帰宅した途端に疲れる日もある。

職場を出るまでは大丈夫だった。

帰り道も歩けた。

電車にも乗れた。

玄関の扉を閉めた瞬間に、動けなくなる。

椅子に座る。

立てない。

床に座ることもある。

職場では人と話していたのに、もう話したくない。

仕事では細かい判断を続けていたのに、夕食を決められない。

さっきまでできていたことが、家ではできない。

家に着いた瞬間に疲れたのではない。

そこでようやく、疲れていい身体になっただけなのかもしれない。

仕事中は、次がある。

立つ。

返事をする。

動く。

終わらせる。

身体は動ける形を保つ。

家に着く。

次がなくなる。

保つ必要がなくなる。

そこで初めて、支えていたものを下ろす。

帰宅した瞬間に崩れる。

何をしてもいい時間になる。

何もしなくてもいい時間になる。

でも、

何をしてもいい

には、自分で決める必要がある。

何を食べる。

何を見る。

何を読む。

何を作る。

誰と話す。

何時に寝る。

一日じゅう判断を続けたあとに、自由が来る。

自由なのに、何も決められない日がある。

そんな夜を振り返る。

本を読まなかった。

映画を見なかった。

掃除をしなかった。

制作をしなかった。

誰かに連絡しなかった。

でも、

職場を出た。

移動した。

帰った。

靴を脱いだ。

座った。

食べた。

一日じゅう外側へ向いていた注意を、少しずつ自分の側へ戻した。

働いた時間には給与がある。

移動には所要時間がある。

睡眠には睡眠時間がある。

運動には歩数がある。

スマートフォンにはスクリーンタイムがある。

でも、

仕事から戻るまでにかかった時間

は残らない。

同じ時刻に家へ着いても、身体の到着時刻は毎日違う。

昨日は帰宅してすぐ文章を書けた。

今日はできない。

昨日できたのだから今日もできるはずだと思う。

でも、昨日と今日で持ち帰ったものが違う。

一日を時間割だけで並べる。

十八時から十九時、移動。

十九時から二十時、夕食。

二十時から二十二時、自由時間。

二十二時から二十三時、入浴。

二十四時、就寝。

きれいに収まる。

実際には、

二十時になっても身体が止まっている。

二十一時を過ぎて急に動けるようになる。

二十二時になり、今度は寝る準備をしなければならなくなる。

自由時間は二時間あったことになっている。

本当に自分の方へ戻っていたのは、そのうち何分だったのだろう。

働いていない時間と、

自分の時間は、

同じではない。

仕事は、働いている時間の外側にも形を作る。

起きる時刻。

眠る時刻。

音を避けたい時間。

一人になりたい時間。

話したくない時間。

何も決めたくない時間。

それを全部、

疲れている

でまとめると、少し足りない。

仕事をする身体から、

仕事をしていない身体へ戻る。

その途中にいる。

その移動には電車がない。

距離もない。

いくつかの小さな変化だけがある。

肩が下がる。

鞄を手から離す。

背もたれに寄りかかる。

靴下を脱ぐ。

声が小さくなる。

照明を暗くする。

時計を見なくなる。

スマートフォンを裏返す。

食事の途中で手を止める。

窓を見る。

何もしない。

次に何をしよう、

ではなく、

今はこれでいい、

と思う。

家に帰るという行為には、

鍵を開けることだけではなく、

反応しなくてよくなること

も含まれているのかもしれない。

職場では、反応する。

呼ばれたら返す。

音がしたら見る。

問題が起きたら動く。

時間が来たら変える。

仕事をしている身体は、外側に向いている。

周囲に何が起きるかを見る。

何を求められているかを読む。

それに合わせて自分を変える。

家では、それをしなくていい。

すぐ返さなくていい。

姿勢を整えなくていい。

黙っていていい。

動かなくていい。

もう次が来ない。

そのことを身体が知るまで、少し時間がかかる。

ベッドに横になる。

部屋を暗くする。

スマートフォンを置く。

そこで初めて、

今日はもう何もしなくていいのだ、

と気づくことがある。

その瞬間まで、

何かをするつもりだった。

仕事の前から、身体は少しずつ仕事へ向かっている。

目覚ましをかける。

寝る時間を考える。

服を用意する。

朝起きる。

顔を洗う。

着替える。

駅へ向かう。

時計を見る回数が増える。

乗る電車を気にする。

忘れ物を確認する。

職場へ近づくほど、身体が仕事側へ寄っていく。

まだ勤務は始まっていない。

でも、身体はもう準備している。

同じように、終業時刻になった瞬間に元へ戻るわけでもない。

朝には、

出勤

という言葉がある。

夜には、

退勤

と

帰宅

がある。

職場を出る。

家に着く。

でも、

仕事をする身体になったあと、

仕事をしていない身体へ戻ることには、

名前がない。

勤務には始業時刻と終業時刻がある。

身体には打刻する場所がない。

八時半になった瞬間に働き始めるわけでもない。

十七時半になった瞬間に働くのをやめるわけでもない。

仕事の前から身体は準備する。

仕事のあとも身体は少し続ける。

毎日、仕事へ向かう時間がある。

毎日、仕事から戻ってくる時間もある。

前者には通勤という名前がある。

後者の一部にも通勤という名前がある。

でも、

家に着いたあとまで続く帰り道には、名前がない。

給与も発生しない。

移動距離もない。

交通費も出ない。

予定表にも書かれない。

十九時十二分。

玄関を開ける。

二十時四十三分。

肩の力が抜ける。

二十一時七分。

仕事のことを最後に考える。

二十一時二十四分。

食事を急がなくなる。

二十一時五十分。

時計を見なくなる。

どれが本当の帰宅時刻なのかは分からない。

ただ、

靴を脱いだあとも、

食事をしたあとも、

風呂に入ったあとも、

身体はまだ少しずつ移動している。

その日の速度を置く。

その日の音を置く。

その日の会話を置く。

その日の未完了を、明日の自分へ渡す。

何もしなかったように見える時間の中で、

少しずつ仕事を置いてくる。

そうして、

ようやく今日の仕事から離れる。

退勤したあとも、

帰宅はしばらく続いている。

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