「その話、前にもしたよ」
そう言われて、私は聞き返す。
「いつ?」
どこで話したのか。
その前に何をしていたのか。
何時ごろだったのか。
何も出てこない。
名前だけ出てこないときとは違う。
顔は浮かぶのに、会った場所だけ思い出せないときとも違う。
忘れていた、という感じがない。
言われるまで、そこに何かがあったこと自体を知らなかった。
「一緒にそこへ行ったよ」
「そのとき、こう言ってた」
ひとつずつ聞く。
場所だけ戻ることがある。
一言だけ、急につながることもある。
それまで何もなかったところに、そこだけ現れる。
でも、その前後は続かない。
何を聞いても、何も動かないこともある。
相手の話としてはわかる。
自分のことを話していることもわかる。
それでも、自分の中にその場面が出てこない。
写真を開く。
自分が写っている。
隣には誰かいる。
着ている服も、
いた場所もわかる。
そこに自分がいたことはわかる。
でも、写真を撮る前に何をしていたのか、そのあとどこへ行ったのかは戻ってこない。
写真の中には自分がいるのに、そこへ行くまでの自分がいない。
メッセージを開く。
自分の名前から、自分の言葉が送られている。
見覚えのある言い回し。
使いそうな句読点。
送信時刻まで残っている。
読めば、自分が書いた文章だと思える。
それでも、送ったときのことは思い出せない。
何を考えてその言葉を選んだのか。
その直前に何を読んでいたのか。
文章は残っている。
書いた側だけが、そこにつながらない。
自分の文章を、あとから来た自分が読んでいる。
覚えていないことを、覚えていない。
そのこと自体を、誰かに言われて初めて知る。
あなたが覚えていないことを、私も覚えていないことがある。
「そんなこと、あったっけ」
二人とも考える。
どちらからも、続きが出てこない。
どちらか一人が覚えていれば、そこから聞くことができる。
でも、二人とも覚えていない。
写真はない。
メッセージもない。
予定表にもない。
探す場所が、ひとつずつ減っていく。
何を探せばいいのかも、少しずつわからなくなる。
それでも、何も起きなかったということではない。
本当に何もなかったのかもしれない。
何かあって、二人とも覚えていないのかもしれない。
今ここにあるものだけでは、その二つを分けられない。
でも、ここで少し止まる。
あなたが覚えていないことを、私も覚えていない。
私はそう書いている。
まるで、二人が同じものを忘れたことが、最初からわかっているように。
あなたが覚えていないものと、私が覚えていないもの。
その二つが同じものだったのか、どうやって確かめればいいのだろう。
覚えているものなら、並べることができる。
同じ場所だった。
同じ言葉だった。
同じ順番だった。
違っていれば、違っていることもわかる。
けれど、比べようとしているものが、どちらにも残っていない。
それでも私たちは、
「それ、覚えてる?」
と言う。
「覚えてない」
「私も」
その瞬間、別々だったかもしれない二つの欠落が、ひとつの「それ」を指し始める。
「それ」と言う前には、あなたが覚えていないものと、私が覚えていないものがあった。
「それ」と言ったあとには、二人が覚えていないひとつのものがある。
でも、本当に同じものだったのかは、もう確かめられない。
同じ出来事を、二人とも覚えていないのかもしれない。
別々のことが抜けていて、あとから同じものとして扱っているのかもしれない。
覚えているものなら比べられる。
覚えていないものには、その比べるためのものがない。
あとから、記録が見つかることもある。
二人が写った一枚の写真。
短いメッセージ。
そこに二人がいたことはわかる。
言葉を交わしたこともわかる。
「何かあったのかもしれない」は、少しずつ「何かあった」に近づいていく。
それでも、自分の中では何も動かない。
そのとき何を見ていたのか。
どんな声で話していたのか。
何を考えていたのか。
写真は答えない。
送信時刻も答えない。
記録からわかることと、そこには残らないことがある。
残っているものがあれば、そこから確かめることはできる。
ここにいた。
この言葉を送った。
この時刻には、まだやり取りをしていた。
けれど、それを知ることと、そのときのことを思い出すことは違う。
何も残っていなければ、始める場所もない。
何かを失ったという感覚さえないまま、
その場所を通り過ぎることもある。
「その話、前にもしたよ」
そう言われたあとも、私はまだ思い出せない。
言われなければ、「思い出せないことがあること」にも気づかなかった。
覚えていないことを、覚えていない。
あなたが覚えていないことを、私も覚えていない。
その二つが、本当に同じものなのかもわからない。
残っているものがあっても、そこから戻らないものがある。
何も残っていなければ、確かめることもできない。
でも、何も起きなかったということではない。


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