親愛なる友人へ送る手紙。
今朝は、帰国する前に会う時間を作ってくれて、ありがとう。
あなたの飛行機の時間があったので、一緒にいられたのは二時間もありませんでした。
最初から分かっていたはずなのに、別れの時間が近づくにつれて朝は思っていたよりもずっと短く感じられました。
朝食の途中、あなたは小さな紙袋を渡してくれました。
「Happy birthday to you!」
中に入っていたのは、あなたが福井で買った羽二重あんころ餅と水羊羹小倉でした。
「君がレッドビーンズが好きだと言っていたのを覚えているよ」
この旅の途中で、何気なく私が話したことをあなたは覚えてくれていました。
贈り物には、品物だけではなく、その人を思い出していた時間も含まれているのだと思いました。
私たちが最初に会ったのは、二年半ほど前のデンマークでした。
いつかあなたが大阪へ来たら案内すると話し、あなたも「その時には連絡する」と言ってくれました。
それから時間が過ぎて、あなたから「大阪を通るので、時間があれば会いたい」という連絡が届きました。
約束は、すぐに実現しなくても静かに時間の中へ残っているのかもしれません。
そして、ある日突然、本当になります。
この数日間、私たちは一緒に大阪を歩きました。
暑すぎる夏を避けながら、行く場所を考え、電車の時間を調べ、何度も予定を変えました。
何か大きな計画があったわけではありません。
ただ同じ場所を歩き、同じものを見て、次に何をするかを一緒に考えました。
けれど、あとになって思い出すのは、案外そういう時間なのだと思います。
よく知っているつもりだった街も、誰かと歩くことで少し違って見える。
街の記憶は、場所だけではなく、誰と歩いたかによってつくられていくのでしょう。
駅のホームで、私たちは「バイバイ」ではなく「またね」と言って別れました。
別れてから30分も経っていないのに、私は帰りの電車に揺られながら、もう寂しいと思っていました。
それでも、これですべてが終わったようには感じませんでした。
デンマークで交わした約束が、大阪で実現したたからです。
あなたが台湾へ戻ったら、次は私が台湾へ行く。
私がそう言うたびに、あなたは
「その時は案内するよ」
と答えてくれました。
どこへ行くのか。
何を食べるのか。
まだ何も決まっていません。
以前、私の調子が良くなかった時、あなたは「健康が最も大切だ」と言ってくれました。
急がず、少しずつ進めばいいとも言ってくれました。
今回会った時にも、これからも健康でいてほしいと言ってくれましたね。
だから今度は、私からも同じことを伝えます。
どうか、あなたも健康でいてください。
研究や仕事だけではなく、時には休んで、趣味の旅をして、友人と笑う時間もありますように。
大阪まで会いに来てくれて、ありがとう。
何気なく話した好きなものを、覚えていてくれて、ありがとう。
デンマークで交わした約束を、ここまで運んでくれて、ありがとう。
これは、さようならの手紙ではありません。
また、すぐに。


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